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時代の流れを敏感にとらえ、
自分らしい表現を
RYU FUJII
藤井 隆
RYU FUJII
20歳でバーテンダーの職に就き、神戸、姫路のバーを経て 2006年より大阪・北新地の「Bar,K」に入店。2011年、シンガポールでエリートバーテンダーコースを卒業。数々の大会で活躍し、2016年には世界大会で準優勝を獲得する。2020年、大阪・梅田にバー「Craftroom」をオープン。国内外で大会審査員、セミナー、カクテルイベント企画、ゲストバーテンダーとして活躍している。
カウンターで魅せた阿吽の呼吸
―北新地の「Bar,K」に長年勤務された後、昨年9月に独立して大阪・梅田にバー「Craftroom」をオープンされました。藤井さんの師匠にあたる松葉さんは、初代チーフの厳しい教えで最初の数年間はカウンターでお酒を作れなかったそうですね。
「Bar,K」には13年半ほどお世話になりました。僕も入店してから暫くは作っていません。近くにある「Tom & Jerry Bar」の田中さんが先輩で、松葉さんと田中さんに多くのことを教わりました。お酒を作らなくても、カウンター以外の仕事も多いことを学びましたし、その期間にサービス力も上がったように思います。昔のバーは、マスターがカクテルを作ることになるとスタッフがボトルやシェーカーなどを素早くセッティングしていました。つまりマスターは一歩も動かなくても、その場ですぐにカクテルを作り始めることができます。前職でも、松葉さんがカクテルを作る際には田中さんと僕が使用する材料や道具を揃えていました。でも、それは作り手が田中さんでも、いずれ作れるようになった僕でもほかの2人が手伝うという連携体制。松葉さんは師匠と弟子という感覚ではなく、仕事仲間、同僚として接してくださいました。お客さまと会話しながらでも、阿吽の呼吸で皆が自然に動いていたのでその光景は強烈だと言われましたね。
―阿吽の呼吸、日本人らしいですね。日本のバーが海外と違うと感じるのは、どういう点でしょう。
海外はマクロ、日本はミクロの考え方ではないでしょうか。まずお店の規模が違いますし、道具もそれに見合ったものが発達しています。日本はカクテルメイキングに時間をかけられますが、海外はスピードが求められるので設備も異なります。お酒もそれに付随していて、日本はよりニッチでマニアなバーも需要がありますよね。日本のバーテンダーのストイックさは素晴らしいと思う反面、それがお客さまへのプレッシャーになることもあるのではないかという懸念もあります。僕はもっと力を抜いて、フランクに楽しんで頂きたい。海外のバーテンダーは、そこが長けていますよね。ただ、派手なカクテルを作る時にも日本的な緻密さを忘れないようにしなければと心掛けています。例えばスモークを焚くような場面なら、周りのお客さまにもきちんと配慮できるように。
―藤井さんはクラシックカクテルをしっかりと作りながら、ミクソロジーやウイスキーも深く勉強されている印象があります。
松葉さんのもとでクラシックカクテルやウイスキーを学びながら、1年半ロンドンで修行して帰ってきた田中さんと一緒に仕事をすることで、それらを自分の中でミックスして昇華できるというとても有難い環境に身を置くことができました。僕はカクテルづくりにおいてどちらかというと理論派で、シェイクもステアもグラスの選び方も自分の中で方程式があります。創作するときもお酒の種類をいくつかに分けて、パターンをあてはめた後にフレーバーをコントロールするだけ。ただ、ある時松葉さんと「ステアは念力だ」という話になりました。確かに一瞬そのように感じることがあって、計算式だけでは説明のつかない何かがあるんですよね。要するに、気持ちを込めて作りなさいということ。自分の中では印象的な言葉です。

オリジナルレシピに
忠実でなくてもいい
―ここ数年、コーヒーやお茶を使ったカクテルが注目されています。藤井さんは普段の営業や大会でもお茶のカクテルを出されていますが、その特徴と作り方を教えてください。
普段は煎茶、ほうじ茶、玉露、ジャスミン茶、プーアル茶など、シーズナルで変えて作っています。お茶は全体的に重くならず、清涼感のあるカクテルになりますね。分量と温度がとても重要で、茶葉によって本領を発揮する条件は異なります。中でも玉露は扱いが難しくて、50~60℃くらいで入れないと旨味が抽出されません。そのような特性を理解したうえで、メーカーさんが公表されているフレーバーマッピングや、自分でテイスティングしたフレーバーノートを活用してカクテルを創作しています。これまでに芋焼酎とプーアル茶、ウイスキーとほうじ茶、煎茶とピスタチオのモクテルなどを創作しました。まだまだ面白い組み合わせが見つかるでしょうし、日本のバーにおける素材のひとつとしてお茶カクテルの可能性を感じています。
ーそのようなオリジナルカクテルを創作する際にパターンや方程式があるということでしたが、何からヒントを得ているのでしょう。
スタンダードカクテルです。どんな材料を使うとしてもスタンダードカクテルの構成、バランスを参考にしています。甘味と酸味のバランスが最も大事で、それに酒精がどれだけ入るか。「サイドカー」や「ホワイトレディ」のような酒精:甘味:酸味が2:1:1の王道比率もあれば、分量だけ見ると不安になるようなレシピでも素晴らしくバランスの取れている「マイタイ」「ジャックター」といったカクテルもあります。あとは個人的にビターズ感覚でアブサンを使っていて、その味わいと香りをどう活かすかも考えますね。「ヨコハマ」のようにほかの材料と一緒にシェイクする方法もあれば、後からドロップして香り付けだけに留める場合も。基本的に、スタンダードカクテルの配合が礎。でも、スタンダードカクテルを作るときはレシピに忠実でなくても良いと考えています。
―どの程度、スタンダードカクテルのレシピをアレンジするのでしょうか。比率を変えるバーテンダーさんは多いと思いますが。
材料をいじることはしません。別の材料を入れたら別のカクテルになりますから。ただ、サイドカーにオレンジリキュールを入れるのはギリギリOKだとか、自分の中で線引きはしています。昔のレシピをそのままに作っても美味しくなるとは限らないので、ほかの方々のように比率は変えますね。リキュールもシロップも当時とは糖度が違いますし、スピリッツも風味が変わっています。レモンやライムもフレッシュのものが一般的に使われるようになりました。素材が変わっているということは、その時代に合わせて作る必要があるということ。だからこそスタンダードカクテルはアレンジしがいがありますし、バーテンダーの個性が出るんですよね。例えば玉子焼きでも昔からレシピがこれだと決まっていて、日本中の人が同じものを作っていても面白くない。関西だったら出汁が効いていて、関東なら甘めで焦げ目が付いたものと地域性が出たほうが楽しいでしょう。そうやって文化が発展していくのだと思います。
<藤井さんの一杯>
「甘さと空気をどうコントロールするかが肝」と藤井さんが話すデザートカクテルの定番「グラスホッパー」は、ムースのようなふわっとしたテクスチャーに仕上がっている。クレーム・ド・カカオ(ホワイト)、クレーム・ド・ミント(グリーン)、生クリームを同量でシェイクするのが一般的なレシピだが、藤井さんは牛乳を加えてやや軽めの口当たりに。バニラアイスや乳脂肪分の高い生クリームを使うなどして何度も作り込み、強い甘さと清涼感のバランスをとことん突き詰めた。
